農薬について〜その1

さて第1弾ですが、まずは農薬から始めます.量が多いので今回は前半のみ.
まず化学物質がなにかということを考えたいと思います.化学物質というと人工物(化学合成物)であると考えられる方も多いかもしれませんが、この単語はこの世界の物質すべてを指す言葉です.そもそも天然物と化学合成物を区別する意味は全くありません.たとえばブドウ糖グルコース)もサトウキビから抽出することもできれば、化学的に合成するだって可能です.つまり化学物質だから危険ということではありません.同時に天然物だからと言って安全ということはありません.トリカブト毒やテトロドトキシンが危険なことは誰でも知っていると思いますが、普段から摂取しているものの中にもカプサイシンヨウ素等過剰摂取すると危険なものはいくらでもあります.危険か否か、すなわち毒性があるか否かには天然物、化学合成物、農薬といったことは全く関係ありません.その化学物質それぞれについて毒性を検討した上で、その危険性を判断すべきなのです.
更に言えば「すべての化学物質は毒物であり、その毒性は量で決まる」と認識してほしいと思います.先に書いたように一般に健康に良いと思われるものでも過剰摂取すれば危険を及ぼすものはいくらでもあります.身体にいいということは身体に何らかの作用をしているということですよね.すなわち摂取し過ぎて身体に対する作用が過剰になることにより、悪影響が出ることは容易に想像できると思います.
さて毒性を測る尺度のひとつに急性毒性というものがあり、50%致死量(LD50)で表されます(数値が小さいほど毒性が強い).種々の化合物のLD50値(mg/kg)を以下に書き出すのでご覧ください.

・いわゆる毒物
ボツリヌス毒素      0.0000003
テトロドトキシン     0.01
青酸カリウム       10
・農薬
EPN(殺虫剤)       24
ピレトリン(殺虫剤)    800
アセフェート(殺虫剤)   945
ププロフェジン(殺虫剤)  2198
イソプロチオラン(殺菌剤) 1190
ベノミル(殺虫剤)     5000以上
・私たちが日常的に摂取しうる物質
アフラトキシン*1     7
パツリン*2       15
ニコチン        50
カプサイシン      60
カフェイン       175
アスピリン       1000
食塩          3000
エタノール       7000
砂糖          29700

恣意的に選んでないかと言われそうですが、そんなことありません.見て頂いて分かると思いますが、農薬だからと言って一概に危険なわけではありません.カプサイシン(唐辛子成分)、カフェイン、さらには食塩よりも毒性の低い農薬も少なくありません.間違えないで頂きたいのは上記の表を見てカプサイシンは危険!というわけでもないということです.先に書きましたように、毒性があるか否かは量の問題です.実際にカプサイシンをそのような高濃度で摂取することはないですよね.もちろん農薬だって同じことで、使用量や残留量に厳しい規制がかかっており、同様に高濃度で摂取するような状況にはなりません(これについては後述します).


以上急性毒性の面からみてきましたが、続いて毒性全般の話をしたいと思います.毒性というのは急性毒性と慢性毒性に大別されます.急性毒性とは一度に大量の化学物質を摂取することによる影響のことですが、対して慢性毒性とは少量でも長期間摂取して体内に蓄積することによる影響のことになります.実際我々の口に入る農作物では農薬のほとんどは代謝、分解されることで残留量はわずかとなり、急性毒性の面から見ると全く問題にならない量になります.急性毒性が問題になるのは農薬の生産、使用に携わる人達、つまり農薬メーカーと農家の方々という限られた人達になります.現在ではこれら人達が農薬を扱う際には防護服、防護マスクを使用しており、急性毒性の心配をする必要はさほどありません.また農薬薬剤自体も飛散しにくいように種々の担体と混ぜて散布されており、散布場所以外には飛散しないよう工夫されています(このあたりは農薬取締法による規制がかけられています).
では慢性毒性がなにかというと農作物に残留した農薬を摂取することによる長期的な影響のことになります.私たち消費者が気にしなければならないのはこの慢性毒性の方です.農薬の慢性毒性については食品安全法による規制がかけられており、20日、30日、90日反復投与試験、1年間反復投与試験、発ガン性試験、生殖毒性試験、遺伝毒性試験、動物代謝試験等を行います.これらの試験から無毒性量(一生涯摂取し続けても何ら影響を受けない最大薬量)を決定し、この値に1/100〜1/500の安全係数をかけて1日の摂取許容量が決定されます.この値を基に、農作物に残留してもよい農薬の残留基準値が決定されます.
厚生労働省では年間50万件もの作物の残留農薬試験(対象農薬は300種近くある)をおこなっていますが、このうち農薬が検出されたものだけでも0.5%程度しかありません.残りの99.5%の作物については残留農薬が検出限界を下回るくらいしかないのです.一方農薬が残留基準値を上回って検出されるのは0.02%程度です.
ところでこういうことを言うと怒られそうですが、残留基準値を上回ったからと言って即危険というものではありません.先ほども書いたように残留基準値を上回る程度の農薬量は急性毒性の面からみると極めて少量であるため、この点における危険性はありません.この場合の危険は慢性毒性となりますが、慢性毒性の残留基準値は毎日食べ続けた場合の危険性を考慮した値なので、何回か慢性毒性を上回った農作物を食べたところで健康に被害が及ぶわけではありません.安全性を考慮した上での制度ですから、絶対に守られるべきものですが、さりとて過剰反応をする必要もないと思います.


ここまで農薬の急性毒性、慢性毒性の話をしてきましたが、農薬にはもうひとつ、環境への影響についても考慮する必要があります.これについても土壌、植物、水中での残留のしやすさ、代謝(分解)の試験が行われます.
環境省は毎年農薬を含む750種類の化学物質について各地で残留調査を行っておりますが、極めて低い頻度で有機塩素系農薬が魚類から微量検出されたのみで、ほとんどの農薬が緩急中に残留していない、もしくは残留していてもわずか(検出限界を下回っている)となっています.
実際に農薬が農業現場で使われるようになるまでには、実に6, 7年の長い期間をかけられて、上記のような急性毒性、慢性毒性、環境試験を行い、十分に精査されていることは強調しておきたいと思います.


農薬が外因性内分泌撹乱物質環境ホルモン)の原因であると言う話があります.1998年、環境庁が外因性内分泌撹乱作用が疑われる物質の67種類のリストを公表しましたが、このうち20種類が日本で使われる農薬、23種類が日本で使うことが認められていない農薬であったことが根拠であると思われます.しかし2000年になって環境ホルモンとしての作用を重点的に解析するリストであるとトーンダウンし、2005年にはリスト自体が廃止されました.すなわち農薬が環境ホルモンであるという科学的根拠はないのです.
農薬がガンの原因になるという話もありますが、農薬がガンの原因となる科学的根拠は一切ありません.疫学的な研究からガンの原因のほとんどはタバコや日常的な食事とされています.日常的な食事というのはなにかというと食物繊維の不足、過食、脂肪の摂り過ぎ、食塩の摂り過ぎ、発ガン性を有する必須微量元素となっており、この中にも残留農薬は含まれておりません.


話はかわりますが(つーか愚痴です)、今いろいろな物質、食品で、食べるとあたかも健康に良いというように宣伝されていますが、こういうのはそれら食品を食べたグループ、食べないグループに分けて対照実験を行い、食べた方が健康を示す数値が良かったという結果だけを根拠にしたものがほとんどだと思います.中には過剰摂取による毒性試験、長期の慢性毒性試験をしていないものもたくさんあるはずです.何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」で、摂取のし過ぎが悪い影響を与える可能性もあります.たまに健康食品の過剰摂取で却って悪影響が出たという報道がされてますね.そういったものよりは開発に10年もかけて十分に安全性が審査されたものの方がずっと信頼できると思うのですがどうでしょうか.
同じようなものでは木酢液もそうです.最近木酢液は農薬のみならず、入浴剤や飲用(!)に販売されているようですね.でも木酢液が何かということを考えてみると、、、、、木酢液は無酸素状態で生成した木ガス(中学校の理科の実験でやったことある人も多いでしょう)を水に溶解させたものです.この中にはとっても有名な発ガン性物質であるベンツピレンが大量に含まれています.農薬として使うことによる危険性は定かではありませんが(現在農薬取締法上は登録が保留されています→つまり使ってはいけないということです)、入浴剤や飲用というのは問題外ではないかと思います.


今回はとりあえずここまで.
今後は
昔の農薬は毒性が高かったけれども、現在はより安全な農薬が使用されている
農薬を使うことによるメリット
農薬は必要悪ではなく、消費者にとっても使った方がメリットになる
無農薬って実は農薬(しかも無認可の農薬)を使ってるんですよ
世の中のすべてのものはリスクとベネフィットを天秤にかけて使われている
と、いったことについて書いていきたいと思います.

*1:食品につくカビ毒

*2:食品につくカビ毒