農薬〜その2

○昨日は農薬の規制、登録制度について統一した書き方をしていなかったので軽くまとめます.
1. 候補農薬の試験(薬効、急性毒性、慢性毒性、環境評価)を行う
2. 試験データを提出して、農水省厚労省環境省内閣府の審査をうける
3. 認可を受けると共に残留基準等が決定される.
 ちなみに農薬の使用方法については農薬取締法残留農薬については食品安全法によって規制される.
急性毒性は主に製造散布に関わる人への影響があり、
慢性毒性は農薬を散布した農作物を摂取する消費者に影響がある.


○農薬の安全性について
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」については御存知と思います.農薬を含む化学物質の危険性を訴えた非常に良い本だと思います.
当時使われていた農薬は薬効に重点がおかれ、人や環境への影響はほとんど顧みられませんでした.確かに当時の農薬は毒性が強く、農薬を散布した人が急性中毒により死亡したり、環境中に撒かれた農薬によって対象以外の多くの生物が影響を受けていたことは事実です.
しかし「沈黙の春」の影響もあり、現在用いられている農薬は毒性、環境への残留に多くの注意が払われています.例えば対象となる生物特異的な機構、すなわち特異的な生合成経路やタンパク質をターゲットとすることにより、農薬の選択性を高めています.例えば殺虫剤は虫のみに効果のあるタンパク質をターゲットにすることで、虫以外の人や哺乳類、鳥に対する毒性を著しく低下させています.かつては多くの人が死亡していた農薬散布による事故も、現在では毒性の低下とマスク等の防護具の使用により大幅に減少しています.現在起こる事故も防護具の不適切な使用によるものが大半です.余談ですが、これまでのところ日本で残留農薬によって一般消費者に急性中毒が起こった例は1件ありません.
また環境への残留という観点からも注意が払われています.制度上半減期1年以上の農薬は使用できませんが、実際現在使われる農薬のほとんどは半減期60日以内であり、さらに最近開発された農薬のほとんどは30日以内です.


○農薬を使うことによるメリット
というより農薬使わないと現在の農業は成り立たないと思います.
次の表は全世界の農業生産上の病害虫、雑草による損失割合(%)を示したものです

            虫害  病害  雑草  計
穀類          14    9   11  35
ジャガイモ        6   22    4   32
テンサイ・サトウキビ  17   18   13  48
野菜           8   11    9   28
果樹           6   17    6   28

農業上いかに虫、病気、雑草による被害が大きいか理解して頂けると思います.ちなみに農薬というのは具体的に殺虫剤、殺菌剤、除草剤を指します(他にもありますがごくわずか).要は農業生産上大きな損失要因になるものに対して農薬を処理するわけです.
また次は農薬を使用しない場合の平均減収率の国内調査結果です

イネ:28%、コムギ:36%、ダイズ:30%、リンゴ:97%、モモ:100%、キャベツ:63%、ダイコン:23%、キュウリ:61%、トマト:39%、ジャガイモ:31%、ナス:21%、トウモロコシ:28%

結構減収率が大きいことが、特にリンゴやモモは農薬を使わないと栽培不可能だということを理解して頂けると思います.
イネってのは農薬使わなくてもそこそこ生産できるんですけどね、、、、、でも平成5年の大冷害の作況指数は74ですよ.そこそこと言っても、農家全てが農薬の使用をやめたら、それだけでも当時と同じくらいの不作になってしまうわけです.


もうひとつ農薬を使うことのメリットとしては農作業労働が軽減されることが挙げられます.除草作業を例にとると、水稲栽培で10aあたりの労働時間は除草剤導入前の1949年は51時間、1970年には13時間、1980年には6時間、現在は2時間以下と、農作業にかかる時間が大幅に減少していることが分かります.


○農薬は必要悪ではなく、消費者にとっても使った方がメリットになる
これまでの話では農薬は農産物の減収を防止すること、農家の方の負担を減らすメリットがあることを紹介しましたが、それらは直接的に消費者にメリットをもたらすものではありません(増産によって価格が安くなることは消費者のメリットになりますが、高くたって無農薬がいいという人も多いらしいので、、、、、).
昨日の文章の中に各種化学物質のLD50値を示したものがありましたが、その中にアフラトキシン(ナッツや豆に生えるカビ(Aspergillus flavusなど)が作り出す毒物)を参照して下さい.アフラトキシンは強い急性毒性をもつとともに、天然物中で最も強力な発ガン物質です.これらカビの発生は農薬(法律上は食品添加物になります)の処理によって抑制することができます.昨日の表を見て頂ければ分かりますが、アフラトキシンより農薬の方が格段に毒性が低くなっております.
また植物は病原菌の感染に対して自身でも様々な防御反応を起こすことが知られていますが、リンゴ等の果実ではこの防御反応によって人間にアレルギーを起こすタンパク質を蓄積させることが知られています.これも農薬(殺菌剤)によって病原菌の感染を抑えることによって、防ぐことができます.
これらは一例ですが、以上のように農薬散布は消費者にとってもメリットなのです.
あ〜、あとやっぱり農薬によって農作物が安定供給されるということはやっぱり消費者にとっても大きなメリットだと思いますよ.先日ナスの価格は供給量の低下に反比例するのではなく、それ以上に上昇するということを書きました(こちら).現在の無農薬作物の流通量なんて微々たるものですから、全体にはほとんど影響を与えないと思いますが、全国的、全世界的に無農薬栽培になって供給量が減少したら、野菜はとんでもない価格になるのではないでしょうか.


○無農薬って実は農薬(しかも無認可の農薬)を使ってるんですよ
法律上農薬というのは使用が登録された農薬のみになります.失効になったり、未登録の農薬というのは農薬ではないので、農業上いかなる場合でも使ってはいけません.これまでの制度ではそのような未登録農薬は "使っていないはず" なのでこれまで残留量等の検査をされてきませんでした.これを悪用してか、実は無農薬を標榜している農家の中には未登録の農薬を使っているのも多くあるのでした.2, 3年前に無農薬農法と言いつつ、未登録農薬を使っていることが報道され,大変問題になったことを覚えてらっしゃる人はいらっしゃいますか.問題が発覚した後、現在どうしているのかと思い,知り合いで農業をしている人に聞いてみたのですが、「今でもバンバン使っている」そうです.
私は農薬が悪いイメージをもたれた理由には
・過去の農薬は確かに毒性が強かった
・自殺に農薬を使う人がいる(そりゃ大量に飲めばなんだって危険ですよ)
・マスコミが農薬=悪という報道をする
ということの他に実際の農薬の安全性、危険性を検証することもなく、無農薬農法がいかにも安全なことを宣伝する一部の農家の責任もあると思っています.
ちなみに今年の5月からポジティブリスト制度というものが導入されました.これまではネガティブリスト制度といい、登録された農薬の残留量しか検査していませんでしたが、このような未登録農薬を使う農家や海外から輸入される農作物に、日本では許可されていない農薬が使われる例もあることを受けて、登録外も含めた全農薬の残留量を調べようという制度です.
それからこれは誤解しないで頂きたいのですが、未登録農薬は必ずしも危険だから未登録であるわけではありません.現在の農薬登録制度は作物ごとに登録することになっており、その登録には登録料がかかります.データ上使用が問題ない場合でも、登録料がかかるゆえにその作物の販売量が少ない場合等には登録されないケースもあります.


○要は使い方
繰り返しになりますが、どんな物質も毒物になりうるものであり、その危険性は量によって決まるものです.農薬にも危険な面もありますが、量を守れば安全に使えるのではないでしょうか.また飛散や流出しないように施用を工夫すれば、より安全になると思います.
要は使い方次第ではないかと思います.


○世の中のすべてのものはリスクとベネフィットを天秤にかけて使われるべきである
それでも農薬に反対する人はいます."6, 7年かけた試験でも出て来ない、何かがもっと後になって起こるかもしれないじゃないか" とか "見えないだけの何かが起こってるんじゃないの" とか主張される人もいるそうです.もうここまで来ると思想の問題である気がします.でもそうでしょうか、そういった主張は果たして客観的なのでしょうか.どんなものでもリスクもあればベネフィットもあります.今世の中で使われているモノはリスクとベネフィットを天秤にかけて、ベネフィットが上回るから使われているのではないでしょうか.
こういう時によく使われる例に車があります.車のメリットには長距離を楽に、速く移動することができる、人力では運搬の大変な荷物も運ぶことができるといったことがあります.デメリットとしては大気を汚染する、二酸化炭素を放出する、運動不足になる、事故を起こしたときの危険性が高まることが挙げられます.デメリットも結構大きいと思うのですが、メリットがデメリットを上回るために(或いは今のところデメリットに気付いていないために)使われているのです.
農薬のことを理解した上で反対する意見は、こういったリスクとベネフィットを考慮した客観的な判断ではなく、リスクばかりを強調した主観的な判断から来ている気がしてなりません.


と、とりあえずつらつらと書いて来ました.是非の判断はお任せします.また質問や意見にはできる限り答えていきたいと思います.