カロースの生成でSA経由の細胞死が抑制される


2年半前の随分古い論文ですが、ひょんと見つけて読んでみてへぇ〜と思ったので.
植物に寄生するカビは侵入菌糸というものでクチクラ層、細胞壁を貫通させることで植物体に侵入します*1.植物側もそれに対して様々な防御反応を示します.例えばパピラと呼ばれる物理的障壁(要は侵入菌糸が貫通できないよう壁をつくる)を作ったり、カビの出す細胞壁分解酵素の阻害剤を分泌したり、カビが侵入した場所に細胞死を誘導してそれ以上カビが広がらないようにしたりします.
この論文はうどん粉病菌に対する防御反応であるシロイヌナズナのパピラ形成が、サリチル酸(SA)によって誘導される細胞死を抑制しているものです.
防御反応というのは植物にとって大きな負担で、防御反応を行なうことで成長等に割くエネルギーが減少してしまいます.特に細胞死というのは自らの組織の一部を殺すことであり、結構な損失になります*2
植物病原菌の感染に対しあらゆる防御反応を誘導することは多大なコストがかかるため、一部だけの防御反応ですまそうということは合理的な方法だと考えられます.既にサリチル酸経路、ジャスモン酸・エチレン経路、アブシジン酸経路によって誘導される防御反応はそれぞれ拮抗的に働くことが知られています.
今回見つかった防御応答の調節系は新規なものでかなり興味深い.
しかしながらこの例ではうどん粉病菌の侵入菌糸はパピラという障壁を突き破ってシロイヌナズナ植物体中に侵入してしまいます.そしてパピラ*3の生成系がサリチル酸経路による防御応答を抑制してしまうため、それ以上有効な防御応答を誘導することができずに植物体への侵入を許してしまうのです.
パピラ生成系遺伝子を潰したシロイヌナズナではパピラによる障壁が無効になるものの、サリチル酸経路による防御応答が働いてうどん粉病菌の侵入を食い止めることができます.
なんか皮肉ですね.植物の獲得した防御応答の調節が、却って自らの首を絞めることになったのですから.

*1:正確に言うとそうでないカビも多い

*2:老化(例えば茎の下の方の葉が枯れること)では老化した葉の物質の多くは回収されますが、植物の細胞死ではすべて放棄することになります

*3:正確に言うとパピラの構成成分であるカロース